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2/27/2006 批判新明解国語辞典 第6版 (小型版) 第1刷 :三省堂刊 によると
物事のいい点については正当に評価・顕彰する一方、成立の基盤に関する欠陥については 徹底的に指摘・検討し、本来どうあるべきかを論じること。 (「揚げ足取り」の意にも用いられる。例、「―のための―/単なる―に過ぎない」) 電子辞書版広辞苑によると 1.批評し判定すること。 2.人物・行為・判断・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などを評価すること。 否定的内容のものをいう場合が多い。 哲学では、特に認識能力の吟味を意味することがある。 この2つの違いっぷりは何? ってのは置いといて。(つ´∀`)つ 「100%の客観などありえない」時点で、正しい「批判」が出来ているか怪しくなる。 「批判」は極力客観的でなければならないと思ってるので。 嫌悪,憎悪,差別,排他,利己,正当化,etc. の感情が「批判」の原動力ではないのかにゃー。 その時点で、批判対象とは五十歩百歩の気がするが... 私には、感情抜きで,森羅万象を知った上で,偏向せず,純粋に論理的に,「批判」する能力は無い。 なので「批判」出来ず、単なる「愚痴」です。グダグダとくだ巻いてるだけです。 そこそこ感情を抑え,広範な知識を持ち,そこそこ中立で,そこそこ論理的に「批判」ができる人になりたい。 感情の無い「批判」は、コンピュータにしかできないのかも。 あ、それすら判断用のデータベースは人間が取捨選択して構築するし、入力データ自体も人間が作った物。 データにない物を推測するアルゴリズムも人間が作らないといけないし、コンピュータにも無理だ。 人間が「批判」する場合と全く同じだな。やっぱ電子計算機か。 答えが1つぢゃない物には「本来どうあるべきか」は存在しない。 ネット上での「批判」は、多くの場合「主観的な批判」=「反論」=「自説の開陳」=「自慰行為」に過ぎないと思う。 このブログに対する「批判」は大歓迎です。 目くじら立てずに楽しくお遊びしましょう。 「批判」に「主観的な批判」をしてみますたw こーゆー屁理屈を考えてると、自分が賢くなった気がして楽しいわい。オヤジだなぁ...orz 「私は~だと思っています」の読み替則適用して下さいね。 TrackbacksThe trackback URL for this entry is: http://alice-noriko.spaces.live.com/blog/cns!3E9CA78027B9013D!622.trak Weblogs that reference this entry
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